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横浜地方裁判所 昭和33年(行)4号 判決 1961年8月25日

原告 石原一美

被告 横渚地方総監

訴訟代理人 鰍沢健三 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が昭知三三年二月二五日原告に対してなした自衛隊法第四十二条第一号及び第三号による免職処分を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

「一 原告は、昭和二九年七月一二日三等海曹に任用され、同日海上自衛隊舞鶴練習隊練習部勤務を命ぜられると同時に第九期講習員を命ぜられ、同年九月四日同講習を終了すると共に佐世保地方隊鹿屋航空隊整備科勤務を命ぜられ、同三〇年九月二二日同隊所属の海上自衛隊術科学校に入校し同年一二月一五日第一期乙種高等科(水雷)を修了、その間同月一日二等海曹に昇任し、その後は同月一六日横須賀水雷調整所調整科、昭和三一年三月一六日館山航空隊第一〇三整備隊、同年五月一二日横須賀基地警防隊横須賀補充部附を命ぜられ予備員となつていたのであるが、被告は昭和三三年二月二五日突然原告に対して「自衛隊法第四十二条第一号及び第三号により本官を免ずる。」旨の辞令を交付して原告を免職処分にした。そこで、原告は同年三月三日被告に対して処分説明書の交付を請求したところ、被告は同月一九日これを原告に交付した。

右処分説明書によれば、原告の免職処分の理由は次のとおりである。

(1)  原告は、昭和三〇年一二月一六日から昭和三一年三月一五日まで横須賀水雷調整所に勤務し、同月一六日付館山航空隊に転勤となつたものであるが、転勤時の横須賀水雷調整所における勤務評定報告書は著しく不良である。

(2)  昭和三一年三月一六日から昭和三一年五月一一日まで館山航空隊に所属していたが、勤務中海曹としての識量に欠け同隊における特別勤務評定報告書は著しく不良である。

(3)  昭和三一年五月一二日より昭和三三年二月二五日まで横須賀基地警防隊横須賀補充部附となつていたが、その間勤務に対する積極性に乏しく、団体適性に欠け部下指導能力全くなくて横須賀基地警防隊における勤務評定報告書は著しく不良である。

というのである。

二 しかしながら

(一)  原告には右説明書の処分理由に挙示されたような勤務成績の著しい不良等の事実は全くない。

(1)  先づ、原告は、自衛隊に入隊以来常に営内に居住して二四時間拘束された勤務状態にあり、与えられた作業に対しては真面目に遂行してきたものである。もつとも、原告は、上官より指示され又は命令された以外の職務に任意に関与したり或は従事するようなことはできないので、勤務状態の繁閑ということはあつたが、それは原告の責任に帰せらるべきものではない。すなわち、勤務成績の著しい不良の事実はない。

(2)  次に、免職理由(2) のうちの「勤務中海曹としての識量に欠け」という点については

(イ)  原告は、昭和二九年度第三回警備官募集により採用試験の上航空関係の職種として採用されたものであり、この募集案内要綱によると警備士補(自衛隊法の公布施行により海曹と呼称が変つた。)の受験資格の一つに昭和二〇年七月三一日以前に旧海軍の下士官であつたものというのがあり、原告はこの資格において受験した者である。

(ロ)  原告は、旧海軍においては普通科航空兵器術雷爆(航空魚雷の調整。)の技術が与えられており、海上自衛隊においては乙種(海曹以下が乙種といわれ、甲種は幹部のみ。)高等科水雷課程を修了したもので、その特技は魚雷と認定されていた。

(ハ)  次に、知識や判断等の問題としては、海曹にどの程度のそれが必要であるかについて、海曹は幹部との海士との中間に位する階級で、いわば、命をうけて海士においては自ら卒先して労務に従事することにより実践指導的な立場にあるのであるが、海曹といつても三段階の階級に別れており、その部隊、配置において員数においてその立場が異なつてくるので一律に一定の条件を付することはできず、従つて法令に細則も設けられておらず、旧海軍の慣習日課や指揮方法をそのまま実施している実情である。すなわち、海曹の階級は特別の知識や判断力を要求されるものではない。このことは、幹部においてはそれぞれ役付としてなんらかの配置に補職され、どのような職務はどの範囲でどんなことをなすべきかについての細則が内部で規定されており、従つて多かれ少なかれ識量が必要とされることが明かであるが、海曹においては指導監督権や職務上の行為が明示されていないので識量を要求される程の責任は負つていないものと考えられる。殊に、原告は、館山航空隊所属当時、二等海曹として同隊第一七分隊(分隊長一等海尉青木義博、現在三等海佐)において、原告の特技とは異つた配置であつたが、常に一等海曹稲木徳郎、同八角良吉等の直接指示の下で火工武器関係の作業をしていたもので、特に識量を必要とするような配置にあつたものではない。すなわち、被告が免職理由の一つにかかげている識量の要求はありうるはずはなく、この免職理由に該当する事実はない。

(3)  次に、免職理由(3) のうちの「勤務に対する積極性に乏しく、団体適性に欠け、部下指導能力全くなくて」という点については、

(イ)  先づ、冒頭に、原告が被告の間接指揮下でどのような人権の侵犯をされたかを述べねばならない。すなわち、被告は原告を欺いて、精神病者でもないのに、昭和三一年五月一九日医師の診断を受けさせ、麻酔注射を打つて昏倒させた上、横須賀市野比国立療養所久里浜病院精神科病棟に強制的に収容して同年八月一一日まで不法監禁したのであつて、しかも、これは精神衛生法に規定する法手続を践むことなく約二〇日間に及び原告の自由と行動を奪つたのであつて、その後原告の保護者として石原賢一から形式的に書類を得るや約二ヶ月の長い期間監禁したのであるが、原告は機会をうかがつて同病院から脱走することによつて危険な侵害を免れ漸くにして原隊(横須賀補充部)に復帰することができたので、その後の原告の同隊内における言動態度は正にその衝激に基因するところが多かつたのである。かくて、原告は予備員として右補充部附であつたわけであるが、同補充部附となると人事に関する取扱は直接被告が裁量することになつていた。そして、予備員とは、原告が当時実際に経験したところによると、認定された特技に基いた配置勤務に補せられない者、或いは、個別命令によつて勤務に就くことを定められない者で、このような者は、人事取扱上の規則的見地からすれば、何もすることを課せられていないことになり、これを特に予備員と呼んでいた。しかも、予備員となる者の範囲又は条件については基準たる根拠はなく、専ら被告の側で判断されるもので、当時の実情からいえば、大体、部内又はその指定の病院から退院してきたもので補職を発令されるまで補充部におかれる者、部隊艦船に転勤の都合上待機させ又はこれに予定されている者、非行或いは事故のあつたもので退院させることを予定し、或いは懲戒処分にするものなどであり、その他は特別の理由で部隊艦船の長から補充部附として補充部に送られたものであつた。これらの者は、警防隊所属や定年退職者を除き、被告が個命によつて補職を発令しない限り、すべて予備員であつて、予備員は要求があれば、雑用的な労働に必要な員数だけ仕事に従事する程度で、その他は非常に閑散な状態にあつた。そして、これらの者は、大体短くて二週間、長くても六ヶ月位で補職又は転勤が発令され、定められた勤務についたものである。

しかるに、原告は、昭和三三年二月二五日免職発令の日まで実に一年六ヶ月、すなわち、海上自衛隊にその例を見ない長期間、予備員としておかれ、全く排斥的な取り扱いを受けたのである。その間、原告の最初の人事担当者は分隊長の職にあつた一等海尉(現三等海佐)田坂久であり、次いで二等海尉加藤孝次郎が代り、最後に一等海尉速水芳之助となつたが、昭和三二年九月初旬頃横須賀補充部長の単独配置ができ、三等海佐(現二等海佐)松下寛がその職に補せられた。その前は、横須賀基地警防隊副長が補充部長の職を兼務しており、所属長の職には横須賀基地警防隊司令として一等海佐武市義雄がいた。この間、原告が一等海曹への法定昇任資格を生じたのは昭和三三年二月一六日であるから、この昇任具申のため、原告に対する勤務評定報告書が一回横須賀地方総監部人事課に提出されているはずである。上級官庁である横須賀地方総監部は、人事の任免補職昇任その他の事務を取り扱つており、その人事課長の職には、当初二等海佐竹添善雄があり、次いで昭和三一年一二月下旬頃三等海佐(現二等海佐)青野計弐が代わつて補職された。そして。その上司で総監の事務を処理する総務部長の職には、当初一等海佐高橋義雄があり、その後本件免職処分少し前に交替があつたがその人物の階級及び氏名は知らない。かくて、横須賀地方総監部の最高の長が横須賀地方総監であつて本件免職処分をした行政庁である。

(ロ)  次に、右述の事情の下において、前記免職理由(一の(3) 掲記)を逐次検討するに、

(a) 「勤務に対する積極性に乏しく」という事実はない。すなわち、原告は、横須賀補充部附予備員としていつまでも勤務に就かされないことは違法(自衛隊法第三十九条)であるとして、又、隊員として面目のないことであるから、転勤を発令されたい旨それぞれの分隊長に申し出で、又、補充部長にも個別に面談の上要請したが、いずれも原告の申出に対して考慮する様子は見受けられなかつた。又、この間、直接に横須賀地方総監部人事課補職主任まで赴き転勤のことについて面談したが全く誠意がなかつた。その他、書類で希望事項記入の上提出していたが、被告側は原告を転任させる意思を示さなかつた。このことは、原告が勤務に対する積極的意思があつたのにかかわらず被告において不法にその申出を拒否していたものであつて、原告が一年半の長きに亘つて補充部附予備員としておかれたことは、原告の好むところではなく、むしろ、その意思に反するものであつて、原告の勤務に対する積極性を被告の方で封鎖していたこととなるべく、かえつて、原告の積極的な勤務希望を容れこれを積極的に指導助長して適当な勤務配置に就けるべき職責ある被告がその責任を懈怠したというほかない。しかし、原告は、このような逆境の中にあつても作業等の要求があればこれに応じて作業の面ではできうる限り真面目にやつたつもりである。以上によれば、「原告が勤務に対する積極性に乏しい。」という事実は全く無根である。

(b) 「団体適性に欠け」と被告はいうが、自衛隊は自衛隊法第三条に規定された任務遂行のための国の集団的防衛機関であつて、利益団体、思想や宗教を同じくする者の団体、個性の判定、矯正のために設けられた団体とはその性格を異にするものであるが、被告は原告が補充部附予備員であつた間三等海佐松下寛、一等海尉速水芳之助等が部下の一等海曹渡辺久美外数名の中から指示し、原告の名誉や信用を毀損するような風説を流布し公の上司としての地位を利用してそそのかし、昭和三二年一〇月頃から原告の不在を伺わせて原告所有に係る施錠中のトランク、バッグ等の中を開いて密かに探させ窃盗未遂のようなことが数回あり、又、たまたま昭和三二年一〇月下旬頃原告保管の冬制服略帽のアゴひも止ボタン一個を毀棄させ、次いで、同年一二月一八日午前九時頃から同一一時頃までと推定される時間において原告の外出中速水一尉の暗黙の教唆により、特に古山治男、郡司勇、渡辺久美等が共謀して実行に着手し原告の手袋左小指先端を毀損した。原告が補充部附となり勤務について以来一年余りこの間多数の隊員の出入があつたがその間原告は何回となく貸与被服のボタンを切り取られたり、汚点をつけられたり、私有物品を無断で密かにさぐられたり、不快なことはしばしばであつたので、前分隊長(現舟艇隊補給長)二等海尉加藤孝治郎当時から昭和三二年一二月一九日現在の補充部長松下三等海佐、速水一等海尉等に対し右のようなことのないよう申入をしたが全く誠意がなく、反対に、益々悪質にやらせたりやつたりするという段階に達した等の事実があり(このことについては、原告は昭和三二年一二月下旬横須賀地方首席警務官に告訴した。)これらのことは些細なことのようではあるが、一年半にも亘つて絶えずこのようなことをされると感情を害し対立する行為にでることも又余儀ないことであり、被告側はこの心理を利用して原告がなんらかの事を起すものとみてその機会を待つたのである。被告のいう「原告が団体適性に欠ける。」とは、むしろ、被告側の作為によりそうならざるをえないように仕向けられたものである。いわんや、原告は自衛隊に入隊以来舞鶴練習隊、鹿屋航空隊、横須賀術科学校を転任して横須賀の地方隊所属となつたものであるが、従前所属の勤務部隊においても団体適性に欠けたというような具体的に明白な事実は全くなかつた。元来、この団体適性に欠けるということは、主として素因的な面から検討されるもので適性の有無は専門的分野から判定されなければならないのであつて、この点からしても被告の主張はその根拠を欠いている。なお、原告は、旧海軍においては満一五年で入隊し、爾来復員まで五ケ年間、そして、自衛隊においては満三年を超え、年少より典型的な団体生活と集団訓練に励んだもので、その適性を実績をもつて示すも困難ではないのである。

(c) 次に、「部下指導能力全くなくて」という点については当時補充部附予備員の全般的な統轄とか作業命令に関しては補充部分隊長が直接指揮しており、作業日課の細かい指示や居住区の整理及び身の廻りの取扱に関する具体的なことは補充部班長がこれを掌つており、その班長は当初一等海曹坂本宥一で、次いで昭和三二年六月頃代つて一等海曹渡辺久美となつた。他は、若干の定員を除いては、全部予備員であつて、階級の区別はあつても勤務配置についていない者で、部下の一名も配されることはなく、毎日閑散として、むしろ自衛隊員としては好ましくない状態であつた。したがつて、当時原告には指導すべき部下は全然なく、したがつて、実際上の部下指導能力判定の基礎がなかつたわけである。一体、一口に部下指導といつても、それはどのような配置にあつてどの位の階級でどれだけの部下がいるとか、私的な面での指導をもふくむのかどうか、というようなことから綜合的にみて、具体的に理由を説明するべきであるのに、部下をもたない原告の部下指導能力の実績上の判定はおよそ無意味であつて、被告の主張は不当である。

(二)  進んで、「勤務評定書」についていえば、その作成経路は、人事の担当者たる分隊長が作成し、その上司である科長及び所属長の認証を得て、主として法定の昇任、資格者の昇任資料にするため、即ち、個人の勤務状態、技能、性格、識見その他身上に関することについて個人評価に資する目的で、作成されるものであつて、これが横須賀地方総監部人事課に提出され、以後地方総監による昇任又は他所属転勤等の決裁の判定に資せられるものであり、この目的以外の目的を以て作成されるようなことは殆んどないわけである。そして、この勤務評定書(又は、勤務評定報告書)の性質は報告文書であつて、公の処分証書ではないから、これのみに基いて法規裁量の処分行為にでることは許さるべきことでない。しかも、この報告書は概ね分隊長一人の個人主観によつて作成されるもので、たといそれが事実に反する内容であつても、又、被報告者(被評定者)に著しく不利なことが記載されていても、この報告は人秘として取り扱われ権限ある者以外の第三者にはもとより被評定者本人にも全く知らされず、したがつて、どのようにでも利用されうる危険性がある。通常の場合、著しく勤務成績の不良であるということを記入して勤務評定報告書を作成提出することのないのが常であつて、それは報告者自身の部下に対する監督指導の能力の欠けていることを自から証する結果となるからである。そして、現に原告の知り得た限りでは、勤務評定報告書のみに基いて免職処分にされた例はない。

いわんや、すでにのべたように、本件免職処分の資料となつた勤務評定書の内容が事実を全く歪曲したものであつて、その記載が虚偽である以上、文書として証拠価値を欠くもので、かかる評定書に基いてなされた本件免職処分は違法であつて、この点においても、取り消さるべきものである。

(三)  更に、被告は、本件免職処分の適条として自衛隊法第四十二条第一号及び第三号をあげているが、この各条項に該当する具体的事実が存在しなかつたことはすでにのべたところであつて、本件免職処分は明かに同法同条に違反した違法の処分であると同時に、次の理由によつても益々その違法性が強いものといわなければならない。本来自衛隊法第四十二条の根本趣旨は、隊員の身分を保障したものであつて、同条第一号及び第三号を適用して積極的に隊員を免職させる主旨にあるものと解するのは不当である。自衛隊員は自衛隊法第三条に規定された任務を遂行するため同法第五十三条、同法施行規則第三十九条による服務宣誓をした上強い責任感を以て専心職務の遂行に当り事に臨んでは危険を顧みず身を以て責務の完遂に努めなければならないものであり、従つて、同法第四十二条はその第一項においてより強力に身分の保障をしているものと考えられる。このような考え方は凡そ防衛の任に当るものに当然与えられねばならないことである。この意味において、同条各号の適用は、第四号(組織、編成若しくは定員の改廃又は予算の減少に因り、廃職又は過員を生じた場合。)を除いては、隊員が自身の欠陥的な要因に基いた非能率的な場合で、しかも、これが顕著な事実あるときに限つて適用される極めて限定的なもので、尚隊員自身その責任を問うことが不合理な場合と考えられる。このことは、同法第四十六条に規定する懲戒処分と対比して合せ考えてもそう解すべきである。しかるに、本件免職処分は処分説明書記載の原因事実は全くなく、しかも、すでにのべたとおり唯一の基礎とすべからざる勤務評定書を唯一の資料として、その評定報告書作成者の主観のみに基いて、原告を免職させ、右にのべた自衛隊法第四十二条の立法趣旨を没却しこれを空文化せしめたものといわなければならない。又、同条第三号に定める「その職務に必要な適格性を欠く場合」とは、自衛隊の特殊な勤務の性質にかんがみ明確な条項が定められなければならないが、一般的見地からすれば、自衛隊法第三十八条第一項各号(欠格事由)の一つに該当するに至つたときは勿論、その他公私のいずれに基因するを問わず心身の故障あるいは欠陥によつて不具廃疾となり又は集団勤務訓練に堪え得ない素質であるとされるような特別の証明に基いて適用されるものであるが、この場合隊員個人の思想まで対象とすることはできないと考える。そして、原告にはいずれの見地からするも、同条第三号に該当する事実はない。

三 以上を要するに、被告は、原告に対する直接の上司ではないが、原告の任命権者として任免権を有する行政庁であり、その被告が原告に対してなした本件免職処分は、その理由として挙示されている事実のないのにかかわらず、したがつて、原告を免職させるため事実認定の資料として所属部隊幹部人事担当者から虚偽の勤務評定報告書を提出させて、本来免職処分の唯一の資料とすることのできない性質の報告文書である勤務評定書のみを基礎とし、かつ、自衛隊法第四十二条の法意を抂げて、なしたもので、その違法であることが明白である。

(なお、原告は、本件免職処分について、自衛隊法第四十九条第一項及び同法施行令第六十五条より、昭和三三年三月二五日付で防衛庁長官に審査の請求をし、同年四月一五日公正審査会に付議されたが、審査請求の日から三箇月を経過したので本件訴訟を提起し、更に、同年七月二一日付で右審査請求の取下をした。その取下の理由は、防衛庁部内の公正審査会では不備な点が多く機能を充分発揮できるだけの独立性を有していないので、専ら裁判所において審理さ、れることを相当と認めたからである。

四 よつて、原告は、行政事件訴訟特例法第一条ないし第三条によつて、本件免職処分の取消を求めるため、この訴をする。

と陳述し、

被告の主張に対して、「その主張中二のうちの「識量」の解釈は相当と考えるが、原告の特技が認証されたということは右の識量という概念のうちにふくまれるものである。そして、被告のこれらの点に関する主張は、作業面における現実とそこに配された階級別員数をつき合せた実地面とから検討すると、そこに矛盾を生じるのである。自衛隊においては、識量の有無について責任を問われるのは指揮監督の地位にある者である。これらの地位にある者は、その編成機構に従つて常に定員数が定まつていなければならない。しかるに、海上自衛隊における海曹以上の各配置における指揮監督者の定員数は必ずしも明確に法定されていない。特に海曹においてそうである。海曹は幹部の命を受けた限りにおいては右指揮監督の配置に立つことはあるが、その範囲は限定され、固有の権限として決定するの意志を有しないから、海曹以下においては単なる経験、指導というような面から上級者が順次下級者を監督するのが普通で旧海軍(旧海軍では下士官に相当する)からの慣習を受け継いでいるのが現実である。従つて、海曹の識量の有無は責任を追及される程のものではない。特に本件のように免官の理由として挙げられる根拠はなく、法規も亦これを要求していない。識量を必要とする地位は右の如く、指揮監督の配置に多かれ少なかれ立つもので、,階級区分でいうならば幹部にあつて、すべての責任はその配置にある幹部が負うことになつているのであり、法規も亦そのように責任と内容とを明示している。次に、被告側が原告を国立久里浜病院に入院させ不法監禁を共同実行した点については、すでにのべたとおりであるが、これは精神衛生法に規定されたどの手続にもよらずして全身麻酔注射をうつて失神させて病棟に監禁しその後被告側がした訴外石原賢一からの同意書の徴収は、同訴外人が同法第二十条に規定する保護義務者の資格を有しない者であるが故に、無効であつて、右の入院は同法第三十三条の入院処置として違法である。なお、原告は精神障害者として強制入院しなければならない症状を呈した事実はなく、かかる症状を証するに足る科学的証拠もなかつたのであつて、被告側で内部の者と医師とが共同して虚偽の文書を作成して、右の措置に出たものである。更に、この点に関して横浜地方検察庁横須賀支部の被告側関係,者に対する不起訴処分や横須賀検察審査会の不起訴相当の議決が被告側の行つた所為の正当であることを証するものではない。およそ、近年精神医学が著しく重要視され、その研究も急速に進んできたが、今世紀後半において一つの暗影を投じつつある。それは、正常人と精神障害者との範囲を測定し得る絶対的科学上の証明力が得られないことである。我々はどの分野まで精神医学を拡げてゆくかについては無関心であつてはならない。現在においては、独り精神科医の診断のみによつているが、人間の主観がみた主観であつて、ここに問題がある。もし、悪意に活用すれば、人類が過去二〇世紀に亘つていくたの惨事と犠牲のうえに、築き上げた公権力からの自由は再び奪わるべき岐路に立つであろう。公権力からの自由は、今やすべての人間に保障されるまでに至つたが、最近漸くにして知能面から人権を封鎖せんとする危険が生じている。事物はすべて暗中模索の域にあるときは悪に用いられる危険がある。最近行政官庁のある官署において上司がその地位にこだわつて体面を保つため都合の悪い者を精神科医に依頼してその診断を利用したと疑われる事実があつたと聞き、殊に本件被告のように免職の手段として用いるが如き好都合な楯とする傾向さえ生じた。公務員が憲法を尊重し擁護する義務を負うことは言うまでもなく、自覚していなければならない。憲法第三十一条は刑事に関する法手続だけではなく本件被告側のなしたような恣意専断的な違法な侵害行為たる行政行為についても生命若しくは自由の保障をした規定である。原告は、右違憲行為については絶対的に容認しえないものである。

原告が昭和三三年一月一四日横須賀地方総監部経理補給部補給二課に臨時勤務を命ぜられたことは認めるが、これは被告が原告の希望を容れたものではない。原告が同課の倉庫重量物整理を希望する理由はない。原告の職種は旧海軍では航空魚雷の整備であつて、海上自衛隊でも魚雷の特技を認定している。従つて、それ以外の的外れである補給二課勤務を希望するはずがなく、又かかる勤務命令を出すこと自体が不法である。被告が右のような臨時派遣勤務を命じたのは、被告が不正に原告の補職を妨げていることが自衛隊法第三十九条違反であることを自覚したためにとつた措置であり、又、免職の理由を補充部以外でもつくるため特に補充部居住舎に隣接する補給二課に臨時勤務を命じたものである。右を裏付けるように、補給第二課長二等海佐小泉茂吉は、昭和三三年一月二四日と記憶するが、原告を課長室に呼びつけて「お前は仕事をしない。」とか「ここは養老院ではない。」とか「やめて帰つて百姓をやれ。」「お前は告訴するのが上手だ。」とか云つて、理由も関係もないことで侮辱し、作業意識を失わせる行為に出た。又、補給二課の居住区(宿舎)で被告側の指示により他の隊員に内命し、原告が作業中又は外出中の時をねらつて宿舎にある原告の被服やボタンを少し宛切つたり所持品を探したり汚点をつけたり、絶えず不快なことをするので、原告は一等海尉野老常雄に証拠品を提示して調べるよう申し出たことがあり、このようなことは補充部でも絶えずなされた。原告は、右のような種々不快なことがあつたので、又、被告側が計画的にやつていることであるから、作業を断つて補充部へ復帰すると申し出たものである。

被告は、諸所において「原告の妄想」ということをいうが、妄想かどうかはその事実の有無により決せられる争であつて、原告はその主張のような各事実があつたというのであるから、原告の主張していることは決して妄想ではない。

被告は、「被告が補充部において原告に部下を指揮して作業等をさせた時の実績に照し部下指導力がないと認定した。」旨主張するが、右認定の基礎となるべき事実のなかつたことはすでにのべたとおりであつて、その他、被告が原告を直接作業に使つたこともなく、現場に臨んだことも、作業場に立会つたこともなく、どんな作業をどういう部下にさせたか、なんの基準によつてどんな実績を根拠にしたのか全くわからない。

被告主張の海上自衛官の勤務評定の基準としてかかげる訓令その他の訓令の存在することは争わないが、これらの訓令その他の法令のどこからも勤務評定報告書一本を以て免職の手段としてよいという解釈は出てこない。本来、勤務評定書は、客観性、妥当性、信頼性の三つの要件を満足させることが必要不可欠のものとされ、これが人事管理行政の最も困難にして、かつ、手腕を要する問題である。しかして、この勤務評定の実施はある目的を達する手段であつて、その一つは昇給の手段であり、その一つは昇任の手段であり、いま一つは勤務成績の不良なものを教導是正するための手段であらねばならない。成績の良い者にはそれに相応する待遇を与え、もつて公務の能率的な運営を期しなければならない。単に人事行政管理者の主観によつて左右されるようなものであるならば、それは勤務の評定ではない。本件被告の本件原告に対する措置は正にかかる実体のない勤務評定である。被告は「この評定は、公正を期するため、評定、調整、審査の三段階を経ることになつている。」というが、右は隊員の昇任選衡のとき行う方法で、評定は分隊長が、調整は所属の長が、審査は地方総監が行い、これは各部隊各艦船からの多数の昇任有資格者の中から限られた人選を行うため相互の調整を図るに必要とされるものであるが、かかる方法がなされたからといつて直ちに一個人の勤務評定報告書が客観牲を帯びたり、公正なものになつたりするということはない。作成者の原本を全く被評定者本人に接していない上級者が見たところで、将又、調整したところで、それがより正確になると考えるのは間違である。それ故に、原告は、かかる勤務成績評定書のみを以てした本件免職処分を違法と主張するのである。

なお、被告は、本件免職処分の基礎として、自衛隊法第四十二条のほかに、各種の訓令を挙げているが、同法同条は、降任の場合を除いて同条に定める事項について政令にこれを委任する旨の明示の規定はないのであるから、下位に立つ訓令に基いて免職を発令することはできないはずである。

被告は「自衛官の各階級についての責任の基準を明らかにしたものはいまだ制定されておらない。」というが、そのすべてがそうであるということはできない。すなわち、国家行政組織法に基いて防衛庁設置法が制定され、各上下機関の構成要員に役付として補職された自衛官については法規による職務内容と権限は明示されている。例えば、自衛隊法施行令第,六十七条(公正審査会の組織)、同令第七十一条(委員及び書記の職務執行)、海上自衛隊訓令第十号(基地警防隊の編成に関する訓令)等によつてみるも明かであつて、殆んど幹部自衛官を以て補職されているのであつて、右の勤務を命ぜられる限りその責任は明らかである。これに反して、海曹以下の自衛官においては責任や権限を個別的に明示した法規は見当らないのであつて、この限りにおいては被告の主張は正しいが、このことは海曹以下の自衛官の責任の度合が低いことを意味し、専ら幹部自衛官の命令に従つて行動するものであることが明らかである。原告の元の階級である二等海曹は権限として何一つないのであつて、権限のないところに職務上に責任を負荷されないのが公務員制度の通則である。

しかるに、被告は、あくまで原告に責任を認めさせようとする意図から「任用に関する基準」等を抜萃してこれと原告がもと有した海上自衛官の階級とを比較して、その責任及び職務内容を規定しているが、それは失当も甚しい。原告は、すでにのべたとおり、昭和廿九年度第三回警備官募集による一般教養試験と身体検査の結果同年七月一二日附三等海曹に任命されたもので、この受験資格要件は「旧海軍の下士官であつたもの。」という一項に該当するを以て充たされているのであつて、かくて海上自衛隊入隊後一年四ヶ月勤務の後(昇任資格勤務年限は一年)、技術海曹の特別昇任によつて二等海曹となつたものである。それ故に、原告入隊後である昭和二九年九月九日の海上自衛隊訓令第一三号(幹部候補者たる海上自衛官の任用等に関する訓令)を摘出して比較することは当らない。しかのみならず、国家公務員の一般職の職員の給与関係法令やその職階制に関する諸規則を指摘してその給与並びに責任の度合から自衛官である二等海曹と比較してその職務内容及び責任を規定しようとする被告の考方自体に根本的錯誤がある。一等海曹以下の自衛官にあつては、その任務が特殊な性格を有するのであるから、一般行政事務を担当する公務員と比較対照されるものではない。つまり、文官への転官通用性がないからである。なお、警察、監獄等の特殊の官職に準ずるのであるが、これとても恩給法第二十三条によつてうかがいしりうる程度のもので、いわば日本国憲法下に生れた軍人と文官との奇形児に例えらるべきものである。

被告主張の三の(三)の(ロ)事実については、その主張のような告訴の行動のあつたことは認めるが、予備員は勤務補職命令を出されているものではないのであるから、特に雑用務をやつていない限り、構内の各部課に用件のため行くことは作業放棄にはならないのであつて、当時予備員はすべてそのようにやつていたのであるから、原告の右行動のみをとつて非難することは、法の下における平等の原則に反する。同(ハ)の事実は事実あつたことで、全く被告側の暗示の行動によつて原告に加えられた被害である。同(ニ)については、自衛官の居住区で脱靴する法規や慣習はなく、全く予定のない余分のことを濫りにしたものである。原告は、この時は隣の仮入隊々員の不在居住区の大掃除をしていたのである。同(ホ)については、原告は事実汽罐室の石炭運搬をしていたもので、その必要量(一週間分位)を大型トラック五台分を運搬した。この仕事の終了した後の行動については、一般的に云つて作業に出ない者は、自習ということで、適宜ストーヴで暖をとつたり総監部に用件で赴くとか、隊内売店、理髪所等に赴くことが当時予備員に黙認されておつたのであつて、原告のみがその責任を問わるべき筋合ではなく、もしこれを問題とすれば、それはすべて被告と横須賀基地警備隊における指揮系統上の幹部自衛官の責に帰せられるべきものであろう。

その他被告の主張中原告の主張に反する部分は、事実点においても法律点においても、すべて争う。」と述べたほか、更に「(1) 原告が被告に対して、自衛隊法施行令第六十五条第一項の規定により、免職処分説明書の交付を請求したのは昭和三三年三月三日で(同日郵送)、この説明書を被告から受領したのは同年同月一九日である。ところで自衛隊法施行規則第三十八条第二項によると「任命権者はすみやかに処分の事由を記載した説明書を被処分者たる隊員に交付しなければならない。」旨を規定している。このことは自衛隊法施行令第六十五条による審査請求の場合の処分説明書と実質的にその内容

は同一でなければならない。前者においては請求の目的が明記されているというだけの相違にすぎない。後者は、前者の請求をもふくめた一般的な交付の請求であつて、任命権者による説明書のすみやかな交付を明記している。したがつて、右施行令第六十五条も亦その趣旨に解すべきである。しかるに、被告は一六日間を要して原告に本件免職処分理由書を交付したのであつて、この事実は右施行規則の条項に違反し、自衛隊法第四十六条第一号及び第三号(懲戒処分原因)に該当するものである。(2) 本件免職処分説明書にはその処分の基礎たる具体的事実の摘示がないのであるから違法である。すなわち右説明書第五項処分した理由の(1) 理由と題する部分に(イ)(ロ)(ハ)の三つの事項がかかげられているが、これは「事実」というべきものではなくして報告証書としての文書の存在理由にすぎない。同説明書同項(2) 認定と題する部分のうちの(ロ)(ハ)(ニ)も亦同断である。されば本件免職処分は結局事実に基かずして単に所属長(横須賀基地警防隊司令)の意見書と右の意義における理由とを資料として法律(自衛隊法第四十二条第一号及び第三号)を適用したものである。一体法律の適用は、法律を大前提とし事実を小前提とする方式によるものであつて、このことは行政機関であると司法機関であるとを問わず一大原則である。特に、権利義務に関する行政処分たる法規裁量は法規に該当する事実の存在のみによつて処分しうるもので、法規とは法律又は法律の委在のある政令に限らるべく、事実は法規に該当すると合理的に認められたものであることを要する。そして処分又はこれに関連する行為が形式上文書による場合には、処分その他の行為と同時に事実が事実と認定できる程度に具体的かつ明瞭に記載されていなければならない。後日に該当事実ありと指摘しても、それは処分時における事実としての効力はなく、従つて、それは違法の措置である。国家権力による個人の権利の侵害を防ぐ意味においても、右は当然の理である。以上(1) 及び(2) の各点から、するも、本件免職処分は瑕疵ある違法のものであつて取り消さるべきものである。」と主張し、

立証として(中略)

被告指定代理人等は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、原告主張の請求の原因一の事実は、被告が突然免職辞令を原告に交付して免職処分に付したとの点及び原告が海上自衛隊術科学校第一期乙種高等科(水雷)を修了したのが昭和三〇年一二月一五日である点を除いて、これを認める。被告は本件免職処分前の昭和三三年二月一七日、原告に対して同人が自衛官として不向であることを諭し任意退職を勧告したもので、原告がこれに応じなかつたため、ついに免職処分をするに至つたものであり、又、原告が右第一期高等科(水雷)を修了したのは昭和三〇年一二月一二日である。

二、原告主張の請求の原因二の事実については、

その(一)の(1) の事実中勤務成績の著しい不良の事実はないとの点を除くその余の事実及び(2) の(イ)、(ロ)の各事実は認めるが、原告は本件免職処分説明書記載のとおり勤務成績は著しく不良であつたもので(具体的事実は後記三のとおり)被告が処分説明書でいう「識量」とは、知識技能のみならず、部下指導力、自衛官としての良識、職務遂行上の責件感等を総称するものであり、又、原告任用当時は警備士補は海曹と呼称が変つており、更に、原告の特技が魚雷と認証されたのは昭和三一年三月一〇日であるが、この特技なるものは「海曹等の特技に関する達」(昭和三一年一月一九日海上自衛隊達第六号)によつて定められているものであつて、これは海曹等の教育訓練及び人事管理を適正にし、個人及び部隊の能率を向上するための合理的基礎を確立することの目的から(第一条)、海上自衛隊における職務分野を細分し、その職務を遂行するに必要な分類された技能(第二条)をいうものであつて、特技が認証されたことが、直ちにその者の勤務成績がよいことを意味するものでないし、又海曹としての識量があることを意味するものでもない。同(ハ)については、海曹は、幹部(三尉以上をいう)と海士の中間に位すろ階級として、上官の一般的な指揮監督をうけて、相当困難にしてかつ責任ある事項を処理し、なお部下を統卒指導監督する地位にあるものであつて、相当の知識技術統卒指導力が要求されるものである。かかる意味において要求される海曹としての識量は部下の有無とは無関係である。原告は、館山航空隊第一〇三整備隊所属中の職務は火工武器関係であつて、分隊長たる青木義博一尉、隊先任海曹たる稲木徳郎一曹分隊先任海曹たる八角良吉一曹の指示のもとに作業に従事していたものであるから、識量を必要としないというが、このようなことを云うこと自体が海曹としての責任を自覚していない所以であつて、自衛官としての適格性に欠ける証左に外ならない。なお、当時、原告の下には石田裕良海士長外三名がおつたものである。

次に、(3) については、先づ、その(イ)の事実中、原告が昭和三一年五月一九日から同年八月一一日までの間国立久里浜病院精神科に入院させられたこと、被告が一年六ケ月の間海上予備員として横須賀補充隊附であつたこと及び被告が同病院を脱走し結局原隊に復帰したことはいずれも認めるが、その余は争う。原告をして右病院に入院せしめたのは横須賀基地警防隊司令であるが、これは原告が易感性関係妄想の診断をうけたためであつて、不法監禁しなものではない。又、被告が原告を一般の者より長く海上予備員としておいたのは、原告の右症状が快癒したとは認められず、従つて、正常な隊務の遂行が期待できなかつたためである。なお、原告からの転勤希望については、被告はその希望を入れて昭和三三年一月一四日横須賀地方総監部経理補給部補給第二課に臨時勤務を命じてみたこともあつたが、原告の勤務成績悪く、かつ、適格性に欠けているために、わづか二週間で派遣先より断わられるに至つたものである。

原告は、「被告は部下をして原告の感情を害するような行為に出でしめ、そのため、原告がこれに対立する行動に出るや原告のその行動をとらえて団体適格性に欠けるものとしたのである。」というが、かかることは原告の妄想である。原告主張のような事実はない。又、原告は、「被告が原告をして部下をもつような職務につけずにおいて部下指導力が全くないと評価することは許されない。」というが、被告は、補充部において原告に部下を指揮して作業等をさせたときの実績に照し、かく認定したものであつて、かりに原告に部下がなかつたからといつて、原告の平常の行動から原告の部下指導力を評価することは可能である。

その(二)の勤務評定報告書(勤務評定書)に関する原告の主張は原告の独断であつてとるに足らない。海上自衛官の勤務評定は、「海上自衛官等の勤務評定に関する訓令」(昭和二九年九月九日海上自衛隊訓令第一二号)にもとづいて行われるものであつて、その目的は同訓令第一条に示すとおり「勤務評定は、海上自衛隊の業務能力増進を図るため、海上自衛官及び海上自衛官以外の隊員(以下「海上自衛官等」という。)の服務について勤務成績を評定し、その指導監督及び人事管理のため公正な資料を得ることを目的とする。」ものであり、ただに昇任資格者の昇任資料にするために作成されるものではない。そして、この評定は、公正を期するため、評定、調整、審査の三段階を経ることになつているものであるから、「その内容は事実を全く歪曲した不正なものであり、文書としての証拠価値を欠く」と考えること自体が妄想である。なお、被告は勤務評定報告書のみに基いて原告を免職したものではなく、勤務成績を評定するに足ると認められる客観的事実と適格性を判断するに足りると認められる客観的事実に基いて原告を免職したものである。

その(三)の原告の主張は、自衛隊法第四十二条に関して独自の解釈を下し本件免職処分を違法であると主張するものであつて、かかる見解は不当である。被告は原告について公正に作成された勤務評定報告書と原告の勤務成績及び適格性を評定するに足る客観的事実にもとづいて、原告が自衛隊法第四十二条第一号及び第三号に該当すると認めたものであつて、被告が原告を免職したことになんらの瑕疵はない。

(なお、原告が本件免職処分に対し昭和三三年三月二五日付で防衛庁長官に対し審査の請求をし、同長官はこれを公正審査会に付議し、同審査会において審査していたところ、原告が同年七月二一日付で審査請求の取下をしたことは、これを認める。)

以上において認定したほかの原告主張事実は、すべて争う。

三、そこで、進んで、被告の以上の主張を具体的にふえん(敷衍)すれば、次のとおりである。

(一)  被告は、原告の勤務成績が悪く、又、自衛官としてその職務に必要な適格性を欠いているために、自衛隊法第四十二条第一号および第三号によつて同人を免職したものである。自衛隊法第四十二条第一号および第三号の規定によつて隊員を降任しまたは免職することができる場合について、「隊員の任免、分限、服務等に関する訓令」(昭和三〇年九月五日防衛庁訓令第五十九号)は、その第六条において、「自衛隊法第四十二条第一号の場合にあつては、勤務評定の結果その他適格性を判断するに足りると認められる客観的事実に基き、勤務成績がよくないと認められる場合であることを要し、同条第三号の場合にあつては、勤務評定の結果その他適格性を判断するに足りると認められる客観的事実に基き、その職務に必要な適格性を欠くと認められる場合であることを要する。」と規定している。そして、右にいう勤務評定についての規定として「海上自衛官等の勤務評定に関する訓令」(昭和二九年九月九日海上自衛隊訓令第一二号)があつて、隊員については定期または特別にその者の職務と責任を遂行した実績並びに性格、能力、勤務態度および適性を公正に評定すべきものとしている。従つて、右訓令の規定による勤務評定の結果、隊員の勤務実績なり適格性を判断するに足りると認められる事実に基いて勤務実績の不良なることが明らかである場合、または適格性を欠くことが明らかである場合には、任免権者は当該隊員をその意に反して降任または免職することができるものであることは当然であるが、なお右訓令による勤務評定は、同訓令第一条にもいうように、隊員についての指導、監督および人事管理のための公正なる資料を得るためになされるものであつて、隊員の身分取扱に関する手続を規定したものではないから、右訓令による勤務評定によらなくても勤務実績なり適格性を判断するに足りると認められる事実に基いて勤務実績の不良であることが明らかである場合、または適格性を欠くことが明らかである場合には、任免権者は当該隊員をその意に反して降任または免職することができるものである。

しかして、被告の原告に対する免職処分は、右訓令に基く勤務評定の結果原告の勤務実績および適格性を判断するに足りると認められる事実に基いて、勤務成績が不良であり、適格性を欠くことが明らかであつたがためになされたものであつて、原告がしまおくそく(揣摩臆測)して主張するように、事実に基かず、勤務評定報告書のみを根拠としてなされたものではない。また、原告は原告について作成せられた勤務評定報告書は評定書の主観によつて作成された事実を曲げた不公正なものであるというが、何をもつて原告がかかる邪推をするのか判断に苦しむものであるが、ともかくも原告の勤務成績の不良であつたことおよび適格性を欠いていたものであつたことを事実に基いて明らかにする。

(二)  ここで、これから明らかにする事実をもつて原告の勤務成績なり適格性を評定するについての基準を、前提として述べる。

(1)  勤務成績というとき、それはその職務と責任を遂行した実績をいうものであるから(昭和二九年海上自衛隊訓令第一二号「海上自衛官等の勤務評定に関する訓令」第八条第二号参照。)勤務成績を評定するにあたつては、まづ、当該隊員にあたえられた職務、即ち同人に遂行すべきものとして命ぜられた仕事の内容が明らかにされる必要がある。そして、次に、その者にあたえられた責任、即ち同人に与えられた職務を遂行し、または職務の遂行を監督する義務が明らかにされる必要がある。勤務成績はこの両者の比較のうちに求めざるを得ないからである。原告に命ぜられた職務の内容は免職の事由となつた具体的事実を明らかにする際にふれることとし、ここでは原告の責任について述べる。自衛官(隊員のうち自衛隊の隊務を行うものをいう(防衛庁設置法第三十九条)。)は一五の階級に分けられ(自衛隊法第三十二条)、階級の上になるほどその者に負わされる責任は加重される。ところで、自衛官の各階級についての責任の基準を明らかにしたものはいまだ制定されておらないので、ある階級の責任の度合は、その階級のものの任用の基準なり、または、その階級のものに補せられるものとせられている職務の内容等から考量することを要する。

(イ)  任用に関する基準

原告は昭和三〇年一二月一日以降二等海曹であつた。二等海曹は海上自衛官の一五の階級のうち、下から六番目に位置する。(自衛隊法第三十二条第二項)。海士長以下が三年を任用期間とし(同法第三十六条第一項)、採用時の階級を二等海士として任用され(同法施行規則第二十四条)、右採用にあたつては、年令一八才以上二五才までのものについて(同施行規則第二十五条)、国語、数学、社会につき学校教育法に定める中学校卒業程度の学力について試験の結果によつて選衡されるのに対し(同規則第二十六条第一項)、三等海曹以上には任用期間の定めはないが、停年制度がもうけられて、二等海曹については四〇才とせられ、海曹候補者として二等海士に採用する場合の試験は学校教育法に定める高等学校卒業程度とされ(同規則第二十六条第三項)、海曹候補者でないところの海士長から三等海曹に昇任する場合の試験については、「海上自衛官の昇任に関する訓令」(昭和二九年一二月八日海上自衛隊訓令第二五号)があつて、それは次のように定めている。

第五条三等海尉への昇任及び三等海曹への昇任は、昇任試験による。

2 昇任試験の方法は、筆記試験、口述試験、実地試験及び勤務成績の評定とする。

3 筆記試験は、受験者の一般教養及び特技に関する知識を筆記により評定するものとする。

4 口述試験は、受験者の人物を面接により評定するものとする。

5 実地試験は、受験者の指揮能力及び特技能力を実地により評定するものとする。

6 勤務成績の評定は、受験者の現階級にある期間を通じ別に定める勤務評定及び第八条の昇任試験受験資格者名簿その他の客観的事実に基き、受験者の勤務成績を評定するものとする。

一等海曹以下に対し三等海尉以上の自衛官は幹部自衛官とよばれるが、その任用基準は海曹の責任を知るのに参考になる。幹部自衛官の任用について、「幹部候補者たる海上自衛官の任用等に関する訓令」(昭和二九年九月九日海上自衛隊訓令第一三号)は次のように定めている。第三条防衛大学を卒業した者は、一等海曹の海上自衛官に任用し、一般幹部候補生を命ずる。

2 次の各号の一に掲げる者で一般幹部候補生試験に合格した者は、一等海曹に任用し、一般幹部候補生を命ずる。ただし、現に一等海曹である者にあつては、当該階級において一般幹部候補生を命ずるものとする。

(1)  学校教育法(昭和二二年法律第二六号)又は旧大学令(大正七年勅令第三八八号)による大学を卒業し、学士と称することができる者で年令二六年(現に自衛官である者にあつては二八年)未満のもの。

(2)  学校教育法施行規則(昭和二二年文部省令第一一号)第七〇条各号の一に該当する者で年令二六年(現に自衛官である者にあつては二八年)未満のもの。

(3) 防衛庁長官(以下「長官」という。)が前二号と同等の学力があると認める者で年令二六年(現に自衛官であつては二八年)未満のもの。

(4)  一等海曹の海上自衛官で年令三〇年未満のもの。

(5)  現階級に任用後一年以上経過した二等海曹の海上自衛官で年令三〇年未満のもの。

3 前項の規定により一般幹部候補生となつた者のうち、三等海曹として一般幹部候補生を命ぜられた日からおおむね二月後に二等海曹に、二等海曹に昇任後おおむね四月後に一等海曹に昇任させる。

4 第2項の規定により一般幹部候補生となつた者のうち、二等海曹として一般幹部候補生を命ぜられたものは、一般幹部候補生を命ぜられた日からおおむね六月後に一等海曹に昇任させる。

第七条の二一般幹部候補生試験、技術幹部候補生試験、歯科幹部候補生試験及び薬剤幹部候補生試験(以下「幹部候補生試験」という。)は、次の各号に掲げる方法によつて行う。

(1)  筆記試験

(2)  口述試験

(3)  身体検査

2 前項各号に掲げる試験の方法のほか、長官が必要と認める場合には、適性検査を行うものとする。

3 貸費学生である者に対しては、第1項の試験を免除する。

4 国家公務員法(昭和二二年法律第一二〇号)に基く六級職国家公務員試験に合格した者は、その合格した試験区分に応じそれぞれの幹部候補生試験の筆記試験を免除することができる。

自衛官と自衛官以外の隊員についての任免の定めも、また海曹の責任を知るに参考となる。「任命権の委任に関する訓令」(昭和三〇年二月一日防衛庁訓令第五号)第七条は、昭和三二年八月二七日防衛庁訓令第五〇号によつて改正される前は、「一等海曹以下の自衛官及び海上自衛隊の職務の級八級以下の事務官等の任免は、次表に示す区分に従い、左欄の部署の隊員について右欄の者が行う<以下省略>」と規定し、前記訓令による改正後は「職務の級八級」を「七等級」と改めている。

(ロ)  部隊編成上海曹に与えられる職務

右にのべたような基準によつて任用される海曹は部隊内でいかなる職務に補せられるか。原告は水雷調整所、館山航空隊、横須賀基地警防隊の勤務をしてきたものであるから、これらの部隊の編成上海曹が補せられるものとせられている職務を明らかにする。これは原告自身がその地位におかれたということではない。

水雷調整所の編成については「水雷調整所の編成に関する訓令」(昭和三〇年一一月三〇日海上自衛隊訓令第三九号)により館山航空隊の編成については、「航空隊の編成に関する訓令」(同年同月一四日海上自衛隊訓令第三六号)により横須賀基地警防隊の編成については、「基地警防隊の編成に関する訓令」(昭和二九年九月九日海上自衛隊訓令第一〇号)によつて、それぞれ定められておるが、これらの訓令によれば隊員は分隊に編成され、分隊は二以上の班に区分せられ、そして、班長は海曹をもつてあてられことになつているのである。左に基地警防隊についての訓令中関係部分を抜萃すれば、次のとおりである。

第一四条分隊の長は、分隊長とする。

2 分隊長は科の長、補充部長又は警備所長の命を受け、分隊の規律を維持し、分隊員の身上取扱及び教育訓練を行う。

第一五条分隊に、分隊士一人以上を置くことが出来る。

2 分隊士は分隊に属する幹部海上自衛官をもつて充てる。

第一六条分隊は、二以上の班に区分することができる。

2 班の長は、班長とする。

3 班長は、分隊長の命を受け、班員の教育訓練を行う。

以上のような任用および補職に関する諸規定から、海曹には相当高度の知識経験と部下に対する指導、統率能力が要求されていること、そして、その程度はこれを一般の国家公務員にくらべると、二等海曹は昭和三二年法律第一五四号による改正後の「一般職の職員の給与に関する法律」第六条第三項に基く昭和三二年六月一日人事院規則九-八「初任給、昇格、昇給等の基準」で定められている行政職俸給表(一)にいう七等級に相当し、右改正前の「一般職の職員の給与に関する法律」第六条第一項に基く昭和二三年四月三〇日給本発第四号「職務に基く級の分類について」で定められていた六級職に略々相当するものと考えられる。また現に海上自衛隊の部隊においては、海曹はかかる責任を有するものとして遇されているのである。

昭和三二年六月一日人事院規則九-八「初任給、昇格、昇給等の基準」は、七等級の職務内容を次のように定めている。

(1)  地方出先機関の係長の職務

(2)  相当高度の知識又は経験を必要とする業務を行う職務

昭和二三年四月三〇日給本発第四号「職務に基く級の分類について」(これは昭和二四年人事院指令第二二号によつて前記人事院規則九-八の制定まで適用をみていたものである。)は、六級職の職務内容を次のように定めている。

(1)  数名の運転手、守衛、巡視の組長としてこれらの者の仕事について、これを指図し監督する職務、又は多数の単純な労務に従事する者の仕事について、これを指図し監督する職務

(2)  その都度指揮を受けることもあるが、主として勤務の方針等について一般的な指揮監督を受けて専門技術的な仕事の補助を行う仕事であつて、相当の専門技術の修習及び相当の経験を必要とし、且つその担当職務に関する部門についての学理又は技術についての充分な知識を要するか又は職務を行うに当つて自ら新たな判断を下してゆく必要のあるもの

(3)  一般的な指揮監督を受けて、専門技術的な仕事の補助を行う数名の下級の職員を指揮監督する職務

(4)  その都度指揮を受けることもあるが、主として勤務の方針等、について一般的な指揮監督を受けて責任ある書記的事務を行う職務であつて、相当の修習及び相当の経験を必要とし、且つその担当職務である限定された範囲の事項に関しての知識を必要とするか又はその職務を行うに当つて自ら新たな判断を下してゆく必要があり、更にその上に官庁における事務及び慣行に精通しその処理に練達することを要するもの

(5)  中央官庁又は地方大官庁において単純で定型的な書記的事務を主して処理する小さな係の長として、その係の事務を指揮監督する職務

(6)  仕事の内容、責任、監督を受ける程度必要な修習又は経験等から見て前各号と同程度の職務

なお、原告は、すでにのべたとおり、昭和三〇年九月二二日潜水艦学生として海上自衛隊術科学校に入校し、同年一二月一二日乙種高等科(水雷)課程を修習しているものであるから、前記六級職の一般国家公務員の標準的職務にあてはめて、考えて見ると(2) および(3) にあたるものと言えるであろう。

(II) 次に、適格性とは、職務を遂行するについて必要とされる責任感、積極性、統卒力、体力、識見技能、勤勉性、協調性、人格、実行力、確実性、信望、規律厳守等に関する一切の要素についての人の属性を含むものである。(「海上自衛官等の勤務評定に関する訓令」第一〇条第一項による勤務評定要素基準表(別表第二)、同訓令第九条第二項による勤務評定報告書様式第一及び第二参照。)従つて、この適格性の判断については、ただに勤務時間内の行為のみならず勤務時間外の行為、営舎外の行為等一切の事実が対象とされるものであることをまづ注意したい。次に、識見技能、統卒力等については海曹についての勤務成績を評定する基準がそのまま適格性を判断する基準となるものであるから、ここではその他の自衛官の服務の特殊性からくるところの適格性についてのべる。

自衛隊法第五十二条は、服務の本旨と題して「隊員は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身をきたえ、技能をみがき、強い責任感をもつて専心その職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に努め、もつて国民の負託にこたえることを期すべきこと」を隊員の心構として教えている。自衛隊の使命は隊員の団結の力をもつてして始めて達成できる。団体生活なり団体行動に適するということは、隊員としての必須不可欠の要素である。殊に一等海曹以下の者は官舎内で居住することを本則とする(自衛隊法施行規則第五二条)。従つて、営舎内の隊員相互間の協調を乱し、またはこれを乱すおそれのある者は、自衛隊の職務の遂行を確保するために自衛隊から排除せられざるを得ない。

四、被告が原告を勤務成績悪く、自衛官としての適格性を欠くものと認定したのは、前項にのべた見解のもとに、次にかかげる事実を評定した結果である。(ちなみに、勤務成績を不良と判断するに至つた事実は(A)、適格性を欠くものと判断するに至つた事実は(B)、とそれぞれ事実の未尾に表示する。)

(一)  横須賀水雷調整所調整科勤務期間(昭和三〇年一二月一六日より同三一年三月一五日まで。)

水雷調整所調整科、教育訓練に必要な魚雷、機雷、爆雷その他の水雷武器の調整を行うことを任務とするものであるが、

(イ)  原告の日常の作業は消極的で活気がなかつた。(A、B)

(ロ)  昭和三一年二月中旬以降同年三月一六日館山航空隊に転勤するまでの間、数回にわたり、分隊士、分隊長または水雷調整所長のもとに、原告のロッカーの中の物が何者かによつて調べられた形跡があると申し出て、これは同調整所の隊員全部が原告をのけ者にし、原告を看視している証拠であると訴えてきた。もちろんかかる事実のありうべき筈もないのであるが、原告は徒らに自己の妄想にとらわれて同僚をはじめ上官を警戒敵視し、同年三月一〇日頃には、衣のうに入れておいた本が一冊なくなつたといつて、隣のベットに起居していた田崎三等海曹に嫌疑をかけ、同人と口論する等隊員間の協調を乱した。(B)

(二)  館山航空隊第一〇三整備隊勤務期間(昭和一三年三月一六日より同年五月一一日まで)

右整備隊は火工兵器(機銃、爆弾その他発煙筒、航空目標弾等の武器をいう)、救命用具(ボート、落下傘、救命胴衣等をいう。)、航空写真の作成及び写真器材の整備を任務とするものであるが、なお航空隊本部補給科の小出倉庫の業務(火工兵器の外、飛行機に塔載する武器、電子機器、気象に関する機器等その取扱物品は多岐にわたる。そして、これらの物品を四半期毎の需要を勘案して補給科より受け入れて保管し、各隊からの要求がある都度、配分する業務である。)をも担当していた。

(イ)  原告は火工兵器の係に配属されたものであるが、原告にはその外特に魚雷に関する海士長以下に対する参考書を作成するための資料を収集して整理すること、倉庫の業務について、これをいつでも担当できるように現任者である高島三等海曹から物品名を教わる等して引継の準備をすること、営舎内居住の分隊先任海曹として分隊員一〇名の指導監督をすることが当初に命ぜられた。ところが、原告は魚雷に関する資料の収集に全然従事しなかつたし、倉庫の業務についてはこれを憶えようとする気配もさらになく、営舎内居住分隊先任海曹としては起床動作、掃除の方法、寝台、居住区の整頓、外出中の注意その他のしつけ(躾)教育等に関し日常上官より注意されている事項が多くあるにかかわらず一度も部下を指導監督することなく、放任していた。(A、B)

(ロ)  その後、原告にヘリコプターの飛行時間が一目して判るような一覧表の作成(ヘリコプターは一定時間飛行すると必ず整備しなければならない。それでヘリコプターが現在何時間飛行しているものか一目して判るような掲示板を作成すること。)が命ぜられ、その要領を指示され、材料もあてがわれたが、原告はこれを作成しなかつた。このような作業は海士でも、二日もかかれば充分完成できる性質のものである。(A、B)

(ハ)  原告は、なんらの根拠もないのに、隊員中の何者かが原告を看視し困らせるために行動していると訴え、隊員と融和しようとせず隊員を敵視して隊員間の協調を乱す行為に出た。詳言すれば、昭和三一年四月五日頃に浴場で原告のパンツを間違えてはいて帰つた者があつたとき、原告は直ちに隊先任海曹のもとまで盗難届けを提出し本事故は何者かが原告を困らせるためにした所為であると主張し、間違えた者が原告のパンツを持参しても何故かそれを自分のものではないといつて受領を拒絶した。同月八日には原告は東京大学で司法試験を受験しているものであるが、その模様を分隊長から尋ねられた際、原告は試験場の係員たちが故意に原告のことを話題として原告に聞えるように話し合つて原告の受験を妨害するので、試験を放棄してしまつたといい、なおこれは自衛隊員の何者かのさしがねであると強調した。また、同月中旬頃からは再三にわたつて、隊先任海曹、分隊士、分隊長等上官のもとに、原告の衣のうが何者かによつてかきまわされた形跡があるが、これは隊員中の誰かが原告の行動を探ろうとしているためのものであるから、犯人を捜し出してくれと申し出てきたり、原告が洗濯して干しておいた作業衣に何者かが故意にインキをつけたとか、原告が外出すると何者かが尾行してくるとかいつて、その調査を求めてくる外、衛生課に受診すると原告を苦しめるために頭の痛くなるような注射をされたとか、食事に毒を入れられたために下痢したとか申し出てきた。そして、注射のことについては自ら衛生科に行つて「注射してもらつたら頭が痛くなつたが一体どんな薬を注射したのか。」と質問し、食事のことについては、烹炊所に行つて「下痢をするが、食事に毒を入れたのではないか。」と糾問する挙に出て、それぞれの担当隊員と口論するに至つている。このような原告の行動は常軌を逸しているところがあつたので、同年五月一一日鴨川にある東条病院で今井勉医師の診断を受けさせたところ精神分裂症の疑があるということであつた。(B)

(三)  横須賀基地警防隊横須賀補充部勤務期間(昭和三一年五月一二日より同三三年二月二五日まで。)

補充部は、海上予備員を収容し、欠員の補充に備え、必要に応じて臨時に他の業務を助けることを任務とするものであるが、原告は補充部付となつて、すぐ国立久里浜病院で医師長原照夫の診察をうけたところ、易感性関係妄想との診断であつたため、昭和三一年五月一八日から同年八月一三日までは右病院に入院しており、また昭和三三年一月一四日から同月二八日までの間は横須賀地方総監部補給二課に臨時派遣勤務を命ぜられ、武器の移動整理等の業務を担当したことがあつた。

(イ)  原告は、昭和三一年八月一三日国立久里浜病院を退院してからも以前と同様隊員と融和しようとせず、むしろこれを敵視して種々のいざこざを起したものである。すなわち、原告は右の久里浜病院を退院するや右入院措置をもつて人権侵害であるとして同年九月八日横浜地方法務局に調査方を申請し、また、これを不法監禁であるとして同月一〇日横浜地方検察庁横須賀支部に医師および上官等を告訴したものであるが、これらの申請および告訴行為の当否はさておくも、その申請書、告訴状の記載内容に至つては原告の精神状態を疑わしめるに足るものがあつた。昭和三二年四月六日には原告は基地警防隊内の理髪所で顔剃をしているが、顔剃後原告の鼻の下にあるニキビがつぶれたことを顔剃の際理髪師が故意に傷つけたものであると言い張つて料金の支払いを拒み理髪師と口論したことがあつた。また、その頃原告の服のボタンがとれたことがあつたとき、これは隊員の何者かが故意にむしりとつたものであるとして上官に調査を申し出ているし同年一〇月一八日頃には原告のボストンバッグの中の財布が誰かによつていぢられているといつて調査を申し出てくるし、さらに同年一二月一二日には原告の毛袋に穴をあけられた、冬略帽のあご紐止金の片方をもぎりとられた、作業ズボンのボタンの止糸をゆるめて取れそうにされた、冬制服のズボンに白ペンキをつけられた等訴えてその調査を求めてきた。そして、原告からこの種の申出のある都度、上官はこれを調査してみたのであるが、原告のいうような気配は全然ないので、その旨諭しても、原告はあくまでこれらのことは原告を困らせようとする隊員達の所為であるとの考えを改めず、同月一九日には前記冬略帽の件について補充部長、分隊長その外隊員二八名を加害者として警務官に告訴する挙にさえ出たものであつた。(B)

(ロ)  原告は、前記冬略帽の件について、補充部長以下を告訴するにあたり、昭和三二年一二月一九日の日課作業時間中に無断で作業を放棄し、横須賀地方総監部警務官室に赴いたものであつた。(A、B)

(ハ)  原告は、横須賀地方総監部補給二課に臨時派遣勤務を命ぜられていた昭和三三年一月二八日に上官たる野老一等海尉に対し「同月二〇日に何者かによつて原告のワイシヤツのボタン一個が切りとられ、作業衣の上衣の最下部のボタン一個と袖のボタン一個が取付糸の半分程切られたし、同月二十七日には作業服のズボンの右脛の上あたりをひつかけられたような傷あとをつけられたと申し出て、作業服のズボンを呈示したので、同一等海尉はこれを仔細に検査したのであるが、原告のいうように他人によつて傷つけられたものと認められるものではなかつた。(B)

(ニ)  昭和三三年二月七日の日課作業は構内整備作業と決められていたこれは補充部の隊員には病後のいわゆる療養中の者が多いので、隊員の要望により保健のために従来居住区に土足のまま出入していたことを改めて脱靴することとしたことによる居住区の清掃作業なのであつた。原告はこの措置に反対を唱え、右作業に従事せず、ストーヴで暖をとつた後宿舎を離れて構内をぶらぶらしていた。(A、B)

(ホ)  同年同月一四日は、午前八時三〇分からの午前中の日課作業として、原告以下五名の者に石炭運搬作業が命ぜられた。ところが、原告はわづか一時間程作業をして所定の作業は終つたものとして止めようとしたので、これを見た甲板士官心得である山崎一男一等海曹が注意したところ、原告はあくまでも命ぜられた作業は石炭をキヤリヤーで五台分運搬することであると言い張り、部下をつれて居住区に引揚げてしまつた。(A、B)

五、前項にのべた原告の各所為は、原告の勤務成績の不良であつたこと、そして、自衛官としての適格性を欠いていたものであつたことを明白ならしめて余りがある。然らば、被告が隊務の能率を維持し、その適正なる運営を確保するために、自衛隊法第四十二条を発動して原告を免職処分に付したことは被告の許容された裁量の範囲に属し、そこに違法とせられるなんらの瑕疵もない。すなわち、本件免職処分の取消を求める原告の本訴請求は失当である。

と述べ、

立証として<中略>

理由

一、「請求の原因一の事実(原告の海上自衛隊における略歴、被告の原告に対する本件免職処分の事実並びに被告の原告に対する本件免職処分説明書の交付及び同説明書中に免職処分の理由として原告主張のとおりの記載あること。)。」は、(1) 「本件免職処分が突然なされたこと。」及び(2) 「原告が海上自衛隊術科学校において第一期乙種高等科(水雷)を修了した年月日が昭和三〇年一二月一五日である。」との各点を除いて、当事者間に争なく、右除外の(1) の点については、被告は、「被告は、本件免職処分前の昭和三三年二月一七日、原告に対して、同人が自衛官として不向であることを諭し任意退職を勧告したが、原告がこれに応じなかつた。」と主張し原告はこれを否認するが、原告本人訊問の結果と弁論の全趣旨によれば、「原告が本件免職処分前に任意退職の勧告をうけたがこれを拒否した。」ことが肯認され、この認定に反する証左はなく、この事実から、「はたして体件免職処分が突然のもの、すなわち、原告の予期しなかつたもの、とみられるか、どうか。」という問題については、後に認定する事実(後記二の(一)の(II)の事実参照。)に徴して、「原告は、その主観において、明確には予期しなかつたとしても、少なくともかかる処分があるかもしれないという未必の観念をもつたもの。」と認められるから、「突然の処分。」ということはできず、又右除外の(2) の点については、被告は、「昭和三〇年一二月一二日である。」と主張するが、証人朝比奈大作の証言とこれにより成立の真正を認める乙第七号証及び証人青木義博の証言とこれにより成立の真正を認める同第八号証を綜合すれば、「右の争となつている年月日は、原被告いずれの主張とも異なり、昭和三〇年一二月一六日である。」ことが認められ、この認定を左右すべき証拠がない。

二、原告は、先づ、「本件免職処分説明書中の免職理由はすべてなかつたのであるから、本件免職処分は違法である」。旨主張するのに対して、被告は、その具体的事例及び根拠となるべき法規をかかげて、「右免職理由の存在と免職処分の適法性」とを主張して抗争するを以て、遂次案ずるに、

(一)  免職理由たる「勤務成績評定の結果が著しく不良である。(前認定のとおり、本件免職処分説明書中の免職処分理由には「勤務評定書は著しく不良」という語句が用いられているが、その意味は勤務成績評定の結果が著しく不良というにあることは、後に判示するとおりである。)」との点及び「団体適性に欠けている。」との点について。

請求の原因二の(一)の(1) の事実は、「原告の勤務成績が著しく不良であつた。」との点を除いて、当事者間に争なく、その方式及び趣旨により真正に成立した公文書と推定する乙第三五号証、同様の理由並びに証人青木義博及び同松下寛の各証言によりそれぞれその成立の真正を認める同第三六号証及び同第三七号証(以上いずれも原告に対する勤務評定報告書。」に徴すれば、被告の主張するように、原告の横須賀水雷調整所、館山航空隊第一〇三整備隊及び横須賀補充部における各勤務評定の結果は著しく不良であることが肯認され、この認定を左右するに足る証拠はない。しかし、原告は、「右評定の基礎となつた客観的事実がなく、したがつて、右各勤務評定報告書は虚偽の記載のあるもので、それ故に、その評定は正確公正なものでない。」旨主張するのであるから、更に進んで、その然るや否やについて審究するに、先づ原告の性格ないし性質に関して、右乙各号証によれば、「原告の人物概評中には、従順、謙虚、公正、穏健、敏感、端正、寡黙、理論的、直観的、思索的、き帳面及び規律的等の人間的長所が表示されているとともに、その反面、隠気、憂うつ、冷淡、おく病、小心、柔弱、無気力、けん怠、頑固、懐疑的、退えい的、孤立的、執よう及び感情的という短所的属性も記載されており、その所見としては、当初横須賀水雷調整所においては、長所として温和な性格の他特になし、短所としては小心な性格、適職としては事務的職務とあり、次の館山航空隊においては、長所は特になく、短所は懐疑的とあつて適職欄の記載はなく、最後の横須賀補充部においては、長所は特に認められない、短所は懐疑的で協調性に欠けるとあつて適職欄の記載のない。」ことが認められ、原告が右記載の性格属性の持主であることのほかむしろいわゆる勉強家であることは、被告挙示の全立証と原告本人訊問の結果を綜合して弁論の全趣旨に徴してこれを肯定することができる(反証はない。)がおよそ人間は何人と雖も性格上の長短を有するものであつて、ただ、その長短の調整を自から行うことによつてその人の人格、能力、適性等が練磨昂揚されるものであるところ、原告にあつては、右認定のように非常に多くの長所的要素があるにかかわらず、右認定のように、所見において殆んどその長所が認められずかえつて短所のみ目立つて、しかも、勤務成績不良の評定を受けているのであつて、そのわけを探求してみると、本件にあらわれた全立証(職権による原告本人訊問の結果をふくむ。)に徴すれば、「原告は、かねて、海上自衛隊入隊前から、司法試験の受験を目指し将来は弁護士を開業する意図をもつており、海上自衛隊に入隊したのは、原告がかつて旧海軍の下士官であつて太平洋戦争の実戦にも参加した経験もあることから、暫定的の就職であつて、固より海上自衛官として将来身を立てるつもりはなく、自衛隊内においても余暇をみては司法試験の勉強にいそしみ、かつ、実際にも受験をするとともに、このような自己目的と事情とその性格のためか、自己に与えられた隊務を自から最少限度に狭く解し隊務よりむしろ司法試験受験の方に志向が傾いていたのであるが、海上自衛隊においては、原被告双方が認めているように、それ自体独自の使命と任務(自衛隊法第三条、第五十二条。)とこれを達成するに必要な不断の実務訓練を実施してその固有の活動をすることをきびしく要求されているわけであつて、そこに、原告の志向と海上自衛隊の要請とが衝突し、そのために、原告の生来の性質によるのであろうが、自衛隊としては特に、前掲の性格の短所的属性が漸次ひどく顕現するに至り、性格の長短のバランスが破れることによつて、その勤務成績が不良となつた。」と認められるのであつてむしろ、本件におけるもろもろの問題は、基本的には、かかる事実に胚胎しているとみるのが事の真相であると思料する。したがつて、このことは、裏返しにいうならば、原告が自己の選択した将来の終局的職業としての弁護士になるための経過的、暫定的生活手段としては自衛隊以外にいくらでも適職を求めることができたであろうし、その手段として自衛官を選択したこと自体にそもそもの無理と不自然さがあつたものといわなければならず、もし適職を得ていたならば、原告の性格上の長短のバランスもとれ、後に認定するような病的挙動を生ずることもなかつたのではないかと考えられる。

そこで、更に原告の前記各地方隊における勤務評定の基礎となつた原告の具体的勤務状態について審究するに、

(1)  勤務成績の意義が被告主張のとおりであることは、被告の挙示する海上自衛隊訓令により明らかであつて、「原告が前認定の各勤務評定を受けた当時、二等海曹をふくむ海曹一般の職務の内容及びその責任については、海上自衛隊の行動基準とともに、これを定めた特別の法規が存在しなかつた。」ことは、当事者間に争のないところであるが、およそ人間の生活なり仕事というものには、それが何んであろうと、自らそこに他の法令並びに良識上是認され必要とされる相応の生活態度ないし仕事の内容とこれに対応する責任のあることは人生に普遍的な原理であつて、これが例えば国家公務員については国家公務員法並びにその附属法規によつて法文上明確化されているだけであつて、ある公職についてたまたまこのような法規が欠けているからといつて、これを以てその職務の内容と責任を否定する根拠とすることはできない。もつとも、現実に行われている職務内容及び責任が存在する法規に違反するとか、良識を逸脱した不合理又は反人道的なものである場合には、これを否定して排除することが憲法上の人権尊重の原則により要請されるところであるがそうでない限り、右のように解するを相当とすべく、本件も亦かかる解釈に従うべき事案である。そして、海上自衛官(特別職)の一職階である海曹も亦、その根本においては、海上自衛隊の使命、目的及び任務を果すことによつて国民に奉仕する公僕である以上、被告の指摘するような海曹以外の海上自衛官及び一般職公務員についての実在する関係法規訓令を参考とし、これと比較考量して海曹の職務内容と責任を定めることは、法というものは成文法のみでなく不文法をもふくむものであるという法理からしても、妥当であつて、かかる被告の主張を否認し、法規の不存在を理由として海曹には一定の職務内容とこれに対応する責任はないという原告の主張は独断にすぎ、採用することができない。すなわち、海曹の職務内容と責任については被告の主張するところを正当と解する。

(II) このような職務内容と責任を有する海曹の一階級である二等海曹であつた原告の勤務成績並びに適性評価の基礎となつた原告の勤務状態について、被告はそれぞれ具体的事例をあげて原告の主張を否認するを以て、その有無について案ずるに、

(イ) 横須賀水雷調整所調整科勤務期間中の原告の各所為についての被告主張の事実は、証人松下寛の証言、前顕乙第三五号証及び証人朝比奈大作の証言とこれにより成立の真正を認める乙第七号証を綜合して、これを肯認することができ、

(ロ) 館山航空隊第一〇三整備隊勤務期間中の原告の各所為については、証人青木義博、同佐藤昇及び同八角良吉の各証言並びに同関口和則の証言とこれにより成立の真正を認める乙第一一号証、同稲木徳郎の証言とこれにより成立の真正を認める同第九号証、同伊藤喜代治の証言とこれにより成立の真正を認める同第一〇号証同遠藤正治の証言とこれにより成立の真正を認める同第一六号証の二、いずれもその成立に争のない同第一四、一五各号証及び同第一六号証の一及び前顕同第三六号証を綜合して、これを認めることができ、

(ハ) 横須賀基地警防隊横須賀補充部勤務期間中の原告の各所為は、証人野老常雄、同杉崎光俊、同大宅雪雄及び同郡司勇の各証言並びに証人速水芳之助の証言とこれにより成立の真正を認める乙第三四号証、同加藤孝次郎の証言とこれにより成立の真正を認める同第二五号証、同山崎一男の証言とこれにより成立の真正を認める同第二九号証、同渡辺久美の証言とこれにより成立の真正を認める同第二七ないし二九各号証、同小野田明の証言とこれにより成立の真正を認める同第二六号証、同石塚福一の証言とこれにより成立の真正を認める同第二九号証、いずれも成立に争のない同第三一、三二各号証及び前顕同第三七号証を綜合して、これを認めることができ、

以上の各認定をくつがえすに足りる証拠はない。なお、被告は被告の指摘する原告の挙動のうちのあるものは原告の妄想に出たものである旨主張し原告はこれを強く否定するが、それらの挙動が妄想によるものでないこと、すなわち、原告の認識又は観念にあらわれた事実に照合する具体的事実が客観的に実在したということの立証のない本件では、右の原告の主張(妄想であることの否定。)は、これを採用するに由がない。

されば、原告の海上自衛隊における本件各勤務期間中の勤務成績は不良であるとともに原告には自衛隊の自衛官たる二等海曹としての適性を欠いていたものと、その実体において、認定せざるをえない。

しかし、ここに、特に考察を要する点は、原告の勤務成績の不良がその関係的不適性とともに、横須賀水雷調整所勤務当時(約三ケ月間)より館山航空隊当時(約一ケ月間)を経て横須賀基地警防隊横須賀補充部勤務期間(二年余)に亘つて漸次昂進し、かつ、顕著となると共に、その態容においても当初はむしろ消極的、受動的であつたものが積極的、能動的となり、攻撃性があらわれてきたことであつて、しかも、その間に「原告がその精神状態の障害を疑われて館山航空隊勤務期間の最終期の頃である昭和三一年五月一一日に東条医院において診察を受けた結果精神分裂病の疑ありと診断され、これが原告の知るところとなり、直ちに同隊から横須賀地方警防隊補充部に移された。」事実(この事実は前顕乙第一六号証の一、二及びいずれもその方式及び趣旨により成立の真正を認める同第一七ないし一九各号証、同第三八号証の一、二並びに証人遠藤正治の証言を綜合して認定することができ、この認定を左右する証拠はない。)並びに「同補充隊に移された直後の同月一九日同隊から国立療養所久里浜病院に入院させられ同年八月一一日退院して原隊に復帰した。」という事実(この事実は、当事者間に争がない。)及び「右の入院は、同病院精神科医師厚生技官長原照夫が診断の結果原告には被害妄想と被毒妄想が認められ、特に被害妄想が強く認められたが、人格の崩壊はなく、妄想発生にも、食物の中に毒を入れたように思うとか、自衛隊の中で原告の荷物をいじつたとか戸棚を無断で開けたとか、人に後をつけられたとかいうことで、うなずけることがあるので過敏性関係妄想ではつきりした被毒妄想もあり入院の必要ありとされたが、同医師は海上自衛隊からの附添人には通院による治療方法でも可能であると申し一旦帰隊したが、同月一八日頃(これは前認定のとおり同月一九日である。)再び来院し、自衛隊の者が準保護者として附添つてきて、自衛隊の方から入院の希望の申出があつたので被害妄想もあり必要と思つたので入院させることにしたが、原告は入院の必要がないと強く申すのでイソミタールという鎮静剤を注射して昏睡したところを病院に収容したのであつて、したがつて、右の入院は本人の同意なくしてなされた強制入院である。」旨の事実(この事実は、前認定の事実、成立に争のない甲第一二号証及び前顕乙第三八号証の二を綜合して認められ、この認定をうごかすに足る証左はない。)が介在していることであつてこれらの事実と先に判示二の(一)の(II)で認定した事実とを綜合すれば、「右強制入院の基礎となつた診断の対象所為は右入院の時までの原告の勤務評定の客体である同人の具体的所為、すなわち、被告挙示の四の(一)の(イ)、(ロ)及び(二)の(イ)ないし(ハ)の範囲内の所為、である。ことが推認され、又、以上認定の事実及び前顕乙第三八号証の二を綜合して本件弁論の全趣旨に徴すれば、更に、「原告は、右東条医院での診断の結果及び右久里浜病院への強制入院について、実体的にも手続き的にも(すなわち、原告は、当時から精神障害及びその疑を否定し、右入院の手続を違法としている。もつとも東条医院の診断は精神分裂病の疑であつたのに被告はこれを精神障害そのものの診断ときかされかく理解していた。)痛く不満を抱くとともに、就中右強制入院によつて非常なシヨックを受け、入院後二回に亘り、久里浜病院から脱走した。」事実を認めることができるのであつて、右各認定を左右する証拠はない。

原告は、「右強制入院は、精神衛生法に規定するいかなる手続をもふむことなく、全身麻酔注射をうつて失神させ原告の意志に反して病棟に監禁したものであつて、その後二〇日位を経て原告の父訴外石原賢一の同意書を病院が得たものにすぎず、しかも、同訴外人は原告の強制入院に同意を与うべき資格を有する保護義務者ではないから、右入院の措置は違法であつて、不法監禁罪を構成する。」旨主張するを以て、この点について案ずるに、そもそも、精神衛生法は国民の精神的健康の保持及び向上を図ることを目的として精神障害者(中毒性精神病者をふくむ精神病者、精神薄弱者及び精神病質者。)等の医療及び保護を行うこと(同法第一条、第三条。)を立法の精神とするとともに、その反面、事の性質上、精神障害者等の取扱については、実体的にも手続的にも、特に慎重を期し、その乱用により憲法の保障する国民の基本的人権、自由及び権利、個人の尊厳等を侵害しないことの配慮の下に、厳重な法定手続を保障する(憲法第三十一条は刑罰の内容としての場合に限るものであるようにみえるが、憲法としては、その根本理念からして、これは単に例示たるにすぎず、法定手続によらない行政的手続等にも、その趣旨は及ぶべきものと解するを正当とする。英米法のbue Process of Lawの観念である。したがつて、以下の用法もこの意味に用いる。)規定を設けている(この場合厳格な法定手続によることは実質的な面で精神障害者等の診断判定の的確性の保障に通じていることに留意しなければならない。)のであつて例えば、(A)、精神障害者又はその疑のある者を入院させる病院としては、本来同法の目的を達するために設置された都道府県立精神病院か又はそれ以外の精神病院又は精神病院以外の病院に設けられている精神病室の全部又は一部を、その設置者の同意を得て、都道府県立精神病院に代用する施設として都道府県知事が指定したもの(指定病院)又はこれと看做されるものに限局し(同法第四条、第五条。)、(B)、精神障害の有無並びに精神障害者につきその治療及び保護を行う上において入院を必要とするかどうかの判定を行うための精神衛生鑑定医(公務員とみなされる。)を厚生大臣をして精神障害の診断又は治療に関し少くとも三年以上の経験がある医師のうちから、その同意を得て指定し(同法第十八条。)(C)(1) 、一方において、一般第三者による診察及び保護の申請(同法第二十三条。)警察官の通報等(同法第二十四条。)、検察官の通報(同法第二十五条。)及び矯正施設の長の通報(同法第二十六条。)により都道府県知事において調査の上必要があると認めるときは、当該吏員立会の下に、精神衛生鑑定医をして診察をさせるべく(同法第二十七条第一、二項。)、かつ、その診察をさせるに当つて現に本人の保護の任に当つている者がある場合にはあるかじめ、診察の日時及び場所をその者に通知しなければならないと共に後見人、親権を行う者、配偶者、その他現に本人の保護の任に当つている者は、この診察に立ち会うことができ(同法第二十八条。)この診察の結果、その診察を受けた者が精神障害者であり、且つ医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めたときは、本人及び関係者の同意がなくてもその者を国立若しくは都道府県立の精神病院又は指定病院に入院(強制入院)させることができるが、この場合においては、二人以上の精神衛生鑑定医の診察を経て、その者が精神障害者であり、且つ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めることについて、各精神衛生鑑定医の診察の結果が一致した場合でなければならない(同法第二十九条第一、二各項。)とし、右の知事による入院措置に不服がある者は、訴願法(明治二十三年法律第百五号)の定めるところにより、その処分を受けた日から六十日以内に厚生大臣に対し訴願をすることができる途を開いている(同法第三十二条。)。(2) 、他方において、右とは別に、精神病院の長が、診察の結果、精神障害者であると診断した者につき、医療及び保護のため入院の必要があると認める場合において保護義務者(後見人、配偶者、親権を行う者及び扶養義務者で法定の欠格要件のない者。同法第二十条第一項。)の同意があるときは、本人の同意がなくてもその者を入院させることができる(同法第三十三条。)のであるが、この措置をとつたときは精神病院の長は十日以内に診察の年月日、病名及び症状の概要、同意者の住所、氏名及び続柄、入院の年月日を入院について同意を得た者の同意書を添え、もよりの保健所長を経て都道府県知事に届け出なければならず(同法第三十六条第一項。)、都道府県知事は、かかる届出があつた場合において調査の必要があると認めるときは、入院をした者について二人以上の精神衛生鑑定医に診察をさせて各精神衛生鑑定医の診察の結果が入院を継続する必要があることに一致しない場合には当該精神病院の長に対し、その者を退院させることを命ずることができる(同法第三十七条第一項。)と規定しているのである。すなわち、本人が任意に入院する場合のほかは、以上(1) 又は(2) のいずれかの手続による入院(強制入院)の外なく、これ以外の方法による強制入院は精神衛生法違反ということになる。

今、これを本件についてみるに、原告が国立久里浜病院に強制入院させられた手続については、前顕甲第一二号証及びいずれも成立に争のない同第一一号証の一、二によれば、「同病院は、原告の入院当時はもとよりその後である昭和三一年一二月二七日当時精神衛生法第五条に定める指定病院ではなく、かつ、同病院には当時同法第十八条に定める精神衛生鑑定医が在勤しておらず、原告を診察した医師長原照夫は精神衛生鑑定医の資格を有していなかつた。」事実が認められるから、右病院並びに右医師は前記(A)及び(B)に該当しないものであると共に、右医師は前記(C)の(1) 及び(2) において精神障害者につきそれぞれ掲記の診断をする適格を有する医師でなかつたことが明らかであるがこれらの事実とすでにこれまでに認定した原告の強制入院についての事実とを綜合すると、「原告の強制入院は精神衛生法第二十九条に定めるいわゆる措置入院(前記(C)の(1) 。)ではなくして、同法第三十三条の定める保護義務者の同意による入院(前記(C)の(2) 。)であることが認められるところ、前顕乙第三八号証の二及び原告本人訊問の結果によれば、「当時原告には後見人、親権を行う者はもとより配偶者もいなかつた。」ことが明らかであり、かつ、保護義務者たる扶養義務者については、「戸籍簿上原告の父となつている訴外石原賢一は、実は原告の実父ではなく、ただ形式上認知によつて原告の父となつている。」事実がうかがわれるので、同訴外人が実体上原告の扶養義務者として保護義務者たりうるかどうかの問題があるが、親子関係不存在確認の勝訴の確定判決等によりこの戸籍上の記載が抹消されない限り、一応公簿の推定力により同訴外人は原告の父として原告の扶養義務者であると認めるを相当とするのであるが、前顕乙第三四号証、同第三八号証の二及び成立に争のない甲第一〇号証並びに原告本人訊問の結果に徴すれば、「原告の直系血族としては右の父賢一のほかに母キクヨが、又兄弟姉妹としては妹シズ子、同千代子、弟正美、妹澄枝、弟春香及び妹照子がある。」ことが認められるから、これらの者はいずれも、民法第八百七十七条に則り、原告の扶養義務者であると解すべく、すなわち、この場合は、精神衛生法第二十条第二項にいうところの保護義務者が数人ある場合であつて、しかも、同項第四号に該当するのであるから、その複数の扶養義務者のうちから家庭裁判所において選任した者が、前示強制入院に同意を与えうる資格と権限を有する保護義務者となるものと解すべき(東京高裁昭和二八年人(ナ)第四号、同二十九年一月一八日第二特別部判決、高等裁判所判例集第七巻第一号一頁以下及び下級裁判所民事裁判例集第五巻第一号七頁以下各参照。)ところ、本件においては、その全立証によるも、原告の強制入院について同意を与うべき保護義務者の選任についてかかる手続をふんだ形跡は全然認められないのみでなく、かえつて、原告の入院後約二〇日を経てようやく原告の父賢一の同意書を得たことが認められるのみで、同人が同意権を有する保護義務者とはいえないことは右判示によつて明かである。(この点について、成立に争のない甲第一三号証によれば、「横須賀検察審査会昭和三一年第二号監禁被疑事件について、同審査会における神奈川県予防課長地方公務員高橋武夫の供述中に、原告の場合は昭和三一年五月一八日正式入院、同年八月一一日正式退院になつており、保護義務者の同意もあるが、同意書捺印の日が入院後二十日を経ているので、監督官庁としては、もう少し速かに手続をして欲しかつた旨の陳述があることが認められ、その表現は、精神衛生法の立場からいえば、むしろ、国立久里浜病院の措置を庇護していることがわかるが、その本旨は明らかに右の入院措置が精神衛生法上違法であることを認めているものと推認されるのである。)以上の各認定を動かすに足る反証はない。(その方式及び趣旨により成立の真正を認める乙第三八号証の一及び三によれば、横須賀検察審査会の右事件について、同審査会における医師竹山恒寿の供述中に「原告の父が保護能力を排除された者であつたという事実が発見できなかつたことにより問題となつているが、この場合不可抗力に属すると思う。」旨の部分があるが、その趣旨は、診断の結果医学的見地から実体上入院を不可抗力とみる趣旨と解するものとすべく、法的手続としての面からの所見であるとすれば、この見解は当らない。)

なお、適格のある保護義務者がないとき又は保護義務者がその職務を行うことができないときはその精神障害者の居住地を管轄する市町村長(特別区の区長をふくむ。以下同じ。)居住地がないか又は明らかでないときはその精神障害者の現住地を管轄する市町村長が保護義務者となる(精神衛生法第二十一条。)のであるが、本件においては、かかる手続によつたことの主張も立証も全くなく、その他、右の入院が精神衛生法の要求する適法の手続をとつてなされたものであることを肯認しうる主張も証拠も全く見当らない。

されば、実体的に原告の当時の病状がどうであつたかはともかく、人権擁護のための適法手続保障の見地からすれば、原告に対する前示強制入院の措置は明らかに不法であつて(監禁の罪の構成。)、かかる場合には、人身保護法第二条、第十六条の定めるところにより被拘束者(原告)を直ちに釈放しなければならない(前掲判例参照。)のみでなく人権擁護委員法の定めるところにより人権擁護委員により適切な救済(貧困者に対する訴訟援助等をふくむが、これは、本件について原告が申し立てた民事訴訟法上の訴訟上の救助とは別異である。)を求めることができるわけであつて、同時に、いずれも原本の存在並びに成立に争のない乙第二〇号証の一、二により認められる本件原告の強制入院に関する横浜地方検察庁横須賀支部昭和三一年検第二〇二五号及び昭和三二年検第三六五号の各監禁被疑事件における昭和三一年九月二八日及び昭和三二年二月一五日の各犯罪の嫌疑なしとの理由による各不起訴処分は、他に特段の不起訴理由の表示がないから、いずれも適法妥当だとはいうことができず、更に、前顕甲第一二号証、乙第三八号証の一ないし三を綜合して認められる原告が前者の不起訴処分を不服として横須賀検察審査会に申し立てた審判事件において、同審査会が、原告主張のように、右不起訴処分相当の議決をしたとすれば(かかる議決があつたという立証は本件にあらわれていない。)これまた、明らかに不当の議決であつて、いずれも憲法に定める基本的人権及び法定手続の各保障を侵害した措置を容認することによつて憲法違反の結果を招来したものといわなければならない。すなわち、この点について原告の所論は、その表現又は措辞の適否は別として、結局正当である。

さはさりながら、ひるがえつて考えるに、原告の入院直前の心神の状態は、すでに認定したところにより明かなとおり、その直接の原因は別として、かなり神経過敏となつており、少くともいわゆる神経症の病状を呈していたことが認められるのであつて、このような場合に原告本人の身心の健康状態を回復させるためにある種の静養、入院又は医療等の措置をとることは本人のためにも必要なことであつて、被告及び国立久里浜病院の医師がかかる意図の下に原告の強制入院の措置をとつたものであるとすれば、それが説得と本人の理解により行われず前判示のように手続において適法の領域をこえたとの点は別論として、その実体においては、それは被告なり右病院の原告に対する好意的配慮による処遇であることを原告はよく認識せねばならないであろうし、(原告は、本件免職処分の原因を誘発するための悪意の措置である旨主張するが、原告挙示の各証拠その他本件にあらわれた全立証によるも、かかる事実は未だ肯認できない。)、又、他面、精神衛生法の定める厳格な手続により同法所定の精神病院に入院させられることなく、単なる国立久里浜病院に入院させられたという事実(もつとも、原告の主張によれば当時原告の心身の状態には全然異常がなかつたのであるから、いかなる種類の病院にも入院する心要はなかつたというのであるが。)は、結果的にいえば、原告の精神疾患が右法定病院に入院させられる程ひどくなかつたということにもなり、ある意味では原告に有利な事情であつたとも考えられないわけではない。しかし、以上の事柄は、純粋に法理論的にいつて、原告の強制入院が、前判示のとおり、憲法違反であることを阻却する事由たり得ないことは勿論である。

このような経過と事情の下で、原告は特に右の強制入院と精神障害の診断にシヨックを受けると共にこれに執着、憤怒し、ここで一歩退いて自己の心神の実質的状態を自から検討しそのよつて来る所以を客観的に観察してその立場や環境等と自己の適性や前途について深く探究することもなく、かえつて自我意識が強く前面に出るような挙動に転移して積極的かつ攻撃的になつたことは、すでに認定したところにより明かであつて、このことは前示の入院に関する事実からすれば、ある程度まで宥恕さるべき無理からぬことでもあるが、自衛隊の団体生活における適性をますます欠き、かつ、自衛官としての勤務成績が一そう不良になつたと認定されるに至つたことが推認される。もとより、このことは、原告が適法の手続と経路を経て前記措置、入院に対する不服の申立をしたり、一般に適切の範囲内において犯罪捜査の職権の発動を促したり、人権擁護の救済を求めたりすることは自由であり法規上許された権利なのであるから、それが乱用されない限り、これた非難したり不当とするという意味ではなく、これとは全く別個の自衛官として客観的に指定された基準による評価の問題である。

要するに、原告の退院、原隊復帰後の自衛官としての勤務成績及び適性の悪化とその態容の変化はこれを否定しえないが、その原因はひとり原告の側にのみあるとは断定し切れないものがあると考えられる。

(二)  免職理由たる「海曹としての識量に欠け」及び「部下指導能力なく」との点について。

請求原因二の(一)の(2) の(イ)、(ロ)の各事実は、当事者間に争がない。

およそ、識量という概念については、識見、度量、識別判断力、寛容性、知識、良識、責任感等の要素を内包とするものであつて、その意義は多岐に亘る(自衛隊等の団体組織においては、その変容として部下の指導能力をふくむものであることは当事者間に争がない。)のであるから、原告のいうごとく原告が魚雷の特技を認証されたことがそれのみで直ちに海曹としての識量があることを意味するものでないことは被告主張のとおりであるが、さりとて、右特技の認証も亦識量の内包の一であることを否定することもできない。そして、一般に、ある組織団体において上命下従の関係にある系統的階級の各階層においては、それぞれ、その指揮監督の範囲内で、それに相応する各人の識量をもつことがむしろ当然であると共に必要であるから、「海曹の階級は特別の智識や判断力を要求されず、同階級においては指揮監督権や職務上の行為が明示されていないから識量を要求される程の責任を負つていない。」旨の原告の主張は原告の独自の見解という外なく、このことは、原告自から「海曹は幹部と海士との中間に位する階級でいわば命を受けて海士に指示する程度の命令伝達の役割を果し」といいつつも「実務においては自から卒先して労務に従事することにより実践指導的な立場にある。」という表現を用いていることからしても原告自から海曹にそれ相当の識量が要求されていることを認めているものといわねばならず、しかも、その海曹の識量の内容のなんたるかについては、海上自衛隊の目的、使命及び任務並びに海上自衛官としての海曹の地位等にかんがみ報告の主張する理由によりその主張のとおりであると解するを相当とする。されば、海曹には識量の必要なしとし、これを前提として、当該免職理由を非難する原告の主張は失当であり、更に進んで、原告の館山航空隊勤務当時かかる識量評定の基礎となつた事実の有無について、原告はそれがない旨主張するが、すでに判示二の(一)の(II)の(ロ)で認定した事実に徴すれば、かかる事実のあつたことが認められる(なお、部下指導能力のみの点については、更に、判示二の(一)の(II)の(ハ)において判示したところによる。)から、この点についての原告の主張も亦理由がない。

三、次に、原告は、「本件免職処分は、結局、原告に対する勤務成績評定書のみを基礎としてなされたものであることに帰することを前提として(1) 、勤務成績評定書の作成手続の不適性とその結果の不当を非難し、したがつて、(2) 、勤務成績評定書のみを基礎とする免職処分が違法である。」旨主張するを以つて、この点について案ずるに、先づ、本件免職処分説明書中の免職理由に「勤務評定書は著しく不良である。」という語句が使用されていることは当事者間に争なく、この語句はその指辞必ずしも適切ではないと考えられるが、しかし、その意味するところは、勤務成績評定の結果その他勤務実績を評定するに足ると認められる客観的事実に基いて勤務成績不良と認められたというにあることは明らかであつて海上自衛官等の勤務評定の目的が被告主張のようなものであることは、その引用にかかる海上自衛隊訓令に徴しこれを認めうべく、およそ現行の勤務評定の制度は、本来その性質上、人事の公正な基礎の一つとするために、職員の執務について勤務成績を評定し、これを記録すること(国家公務員法第七十二条、人事院規則一〇-二第一条。)であつて、職員に割り当てられた職務と責任を遂行した実績を当該官職の職務遂行の基準に照らして評定し、並びに執務に関連して見られた職員の性格、能力及び適正を公正に示さねばならず(同規則第二条第一項。)二以上の者による評定を含む等特定の者の専断を防ぐ手続を具備するものでなければならず(同条第三項第二号)、その結果の活用については、その結果に応じた措置を講ずるに当つて、勤務成績の良好な職員についてはこれを優遇して職員の志気をたかめるよう努め、勤務成績の不良な職員については勤務上の指導、研修の実施及び職務の割当の変更等を行い、又は配置換その他適当と認める措置を講ずるように努めなければならず(同第五条。)、勤務評定の記録は、職員ごとに勤務成績報告書として作成さるべく(同第十一条第一項。)そして勤務成績報告書の効力としては、原則として、当該評定期間中のその勤務成績を示すものとし(同第十六条本文。)、各職員の勤務評定の結果は、公開しない(同第十七条。)こととなつており、この趣旨は、海上自衛官としての海佐、海尉、海曹及び海士長等に適用ある被告引用の昭和二九年海上自衛隊訓令-第一二号「海上自衛官等の勤務評定に関する訓令。」のうちにも採り入れられて、ほぼ同旨の規定が設けられている。殊に、同訓令第八条によれば、評定官、調整官及び審査官の勤務評定実施に当つての遵守事項として、「(1) 勤務評定は、常に海上自衛隊全体の立場から公正妥当に実施すること。(2) 被評定者が、その職務と責任を遂行した実績並びにその性格、能力、勤務態度及び適性を公正に示すことに努めること。(3) 日常の注意深い観察及びたゆむことのない指導によつて得た資料に基いて判断を下すこと。(4) 厳正且つ客観的な態度を堅持し、縁故関係、私交上の親疎、同情、偏見その他の個人的感情によつて影響されないこと、(5) 従前の勤務評定の結果に左右されないこと。(6) 勤務実績のある部分の成績が非常にすぐれているか又は非常に劣つているという理由のみで他の部分の成績を特に高く又は低く評価しないこと。(7) 勤務評定は、各要素について分析的に実施し、同一要素ごとに同一階級の被評定者全員を一集団として同一の判断の基準を維持して評定すること。」を定め、制約調整方式の下に、右の基準により評定の公正を保証し、原告の主張する評定の客観性、妥当性及び信頼性の要件の充足をも担保していることが明かである。もとより、かかる方式並びに基準の存在にもかかわらず、右制度の運営の仕方いかんによつては、あるいは、原告の主張するような免険性を生ずる惧がないとは断言できないかもしれないが、その制度自体において運営上のこれらの危険を極力阻止し排除しているのであつて(因みに、アメリカ合衆国のある政府部門の職員の勤務評定Ratingにおいては、日本の現行制度のような被評定者本人に対する密行主義義を採ることなく、評定官Rating officerがその評定を書面により被評定者本人に通知し、本人が自己の能率評定の結果について不服の場合には法定の期間内に審査官に審査の請求をすることができ、審査官は被評定者本人及び評定官の言い分をきいて審理した上で最終的成績評定Finalefficiehcyratingを行うというきわめて進歩的で合理的な制度もあるが、日本の現行制度には勿論このようなものはなく、ただ、例えば、評定の結果に基いて分限又は懲戒処分があつた場合に至つてはじめてそれらの処分について審査請求の途が開かれているのみである。国家公務員法第七十八条、第八十二条、第八十九条ないし第九十二条、自衛隊法第四十二条。第四十六条、第四十九条、第五十一条等。)。本件にあらわれた全立証に徴するも、いまだ、原告主張のように、原告に対する各勤務成績の評定が評定者の主観のみによる不実の記載事項に基くものであることを肯認できないから、原告の前記(1) の本件勤務成績評定に対する非難は当らない。又、本件免職処分説明書中の免職理由にいう「勤務評定書が著しく不良である。」という意味は前判示のように解すべきものもあつて、しかも、勤務成績評定の結果の活用の眼目は、主として、被評定者本人の指導、助長等の伸長的積極面にあると解すべきを相当と考えるが、しかし、その結果を以て人事管理の一である分限処分をすることも亦許されるのであるから、すでに認定した原告の勤務成績不良の事実のみを理由として免職処分をすることができることは、自衛隊法第四十二条の法文上自ら明かなところであつて、この点に関する原告の前記(2) の主張は同人の独自の見解であつて採用するに値しない。その他、勤務成績評定に関して原告の主張するもろもろの見解は、すべて独自の解釈とみるほかなく、排斥を免れない。

四、なお、原告が請求の原因二の(三)において主張する自衛隊法第四十二条についての見解は、一般的抽象論として、同条の立法趣旨にかんがみ分限処分の理由を制限的に解すべきであるという点に限つて、これを正当として肯認しうるが、具体的に同条掲記の原因に該当する事実の存在する以上、それに必要にしてふさわしい処分をとるべきことも亦同条の要請するところであつて、原告の勤務評定の結果がすでに詳細に判示したとおりであるからには、原告の右主張もまだ理由がない。

又、原告は、「自衛隊法第四十二条は、降任の場合を除いて、同条に定める事項について政令にこれを委任する旨の規定はない。」旨主張するが、同法第五十一条は、「分限、懲戒及び保障についての規定である同法第四十二条ないし第五十条に定めるものの外、隊員の分限及び懲戒に関し必要な事項は、政令で定める。」旨明定しているのであるから、原告のこの主張も失当である。

五、原告は、「自衛隊法施行令第六十五条及び自衛隊法施行規則第三十八条第二項の定めるところにより免職処分説明書はすみやかに交付されなければならないところ、本件免職処分説明書は、原告の交付請求書発送の日から一六日間を経て交付されたのであつて、右にいう「すみやかな交付」に該当しないから、被告の右交付行為は右各法条に違反し、自衛隊法第四十六条第一号及び第三号に該当する。」旨主張するが、事案の性質、説明書の起案、完成及びこれら文書(少くとも、原告の請求書。)の郵送等に要する通常の期間等を勘案すれば、他に特別の事情がなくとも、右の期間は決して長いものとはいえず、「すみやかな交付」に該当しないとは解せられないから、原告の右主張は排斥を免れない。

又、原告は、「本件免職処分説明書中の免職理由中にはその理由たるべき具体的事実がかかげられていないから、本件免職処分は事実に基づかずしてなされたものであつて違法である。」旨主張するが、かかる主張の理由がないことは、すでに詳しく判示したところにより、明分である。

六、以上判示のとおり、原告の本訴請求は、結局、理由がないことに帰するから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十五条本文、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 若尾元)

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